はじめての彼女ができたのは中学2年の時だった。
水泳部に入っていて小麦色に焼けた肌をしたちょっと内気なU美という女の子だった。
U美も私も「恋人と付き合う」ということがいったいどういうことをするものかよくわからなかったのでデートはもっぱら学校が終わって下校の時に一緒に帰るだけだった。校門の前だと目立ってしまい同級生に茶化されるのが嫌で学校から少し離れたところで待ち合わせをした。
ぽつりぽつりと話をしながらU美の住んでいた団地の前まで行って「じゃあ」と別れる。何か気のきいた話をしなけりゃ、と思っても面白い話なんて浮かんでこない。「この子、ぼくといて楽しいんかな?」といつも気になったが今とは違ってシャイな少年だった私は女の子との話を盛り上げることなんかできなかった。
U美とは交換日記をした。携帯電話やスマホなんてない時代だから、メールやLINEで簡単にコミュニケーションをとれない。パソコンもネットもない。恋人たちは手紙とか親の目を盗んで自宅の電話で話すとか公衆電話とかそういうものでお互いを繋いでいた。アナログな時代だ。可愛い熊さんの絵が表紙のファンシーなノートだった。交換日記の中では内気に見えた彼女が嘘のように饒舌だった。「わたしはK君のことが好き。ずっと一緒にいたいなって思ってるよ。」読んでいると顔が真っ赤になってしまうようなことを平気で書いてくる。「ひえ~~あんなにすました顔してこんなこと考えてるの?」なんだかエッチだなあ、とドキドキした。交換日記なので次の日には何かを書いて返さなければいけないからこちらもたまには「好きだよ」なんて書く。でも実際には「好き」という感情の意味がまだよくわからなかった。
ある日、いつものように学校から帰ってU美の団地の棟の前に来た。その日は部活の帰りで少し遅くなっていた。空が綺麗だった。
「わぁ~、K君、夕焼けや!ちょっと見に行こ!」
いつもは団地の前でバイバイするのだが、その日は彼女の住む5階建ての団地の一番上の踊り場まで一緒に上がって夕陽を見た。階段を上がっていく時、自然に手をつないだ。私たちが手をつないだのはそれがはじめてだった。5階に上がる前の踊り場にたどりついた。太陽はオレンジ色の光を放ちながらもうすぐ沈んでいくところだった。夕陽に照らされて見慣れた田舎町が見渡す限り赤く染まっていた。
「ほんまきれいやね~」
「うん」
二人はまだ手をつないだままだった。だんだんと陽が沈み、オレンジの光と夕暮れの影が交差していく。私は空や町を眺めているふりをしながら彼女の横顔を見ていた。うす暗くなっていく風景の中でだんだんと彼女の横顔もシルエットになっていった。
「なんか、めっちゃ感動するわ・・・」
そうぽつりと言った彼女がなんだか消えてしまいそうな気がして目を凝らした時、U美は不意に振り向いた。つないだ手に力が入る。U美は少しうるんだ瞳でまっすぐに私を見ていた。そのままつないだ手を引きよせると彼女は抵抗はしなかった。私たちはぎこちなく唇を合わせた。何秒間だったか何十秒だったか、もしかしたら何分間かが経過した。夕陽が完全に落ちてあたりが暗くなり、私たち二人の秘密を上手に隠してくれた。
彼女とはそれ以上の関係にはならなかった。まだ私たちは中学2年生だったし、そんなことは早いと思っていた。付き合いはじめて4ヵ月ほどたった頃ある日の放課後の教室にU美とその親友の浅野と尾崎の3人に呼び出された。「元彼の庄司くんのことがやっぱり忘れられないみたいだからK君とは別れたい」と言われた。
ふ~ん、そんなものかと思っただけで別に悲しくはなかった。しかも浅野と尾崎が「じつはウチらもK君のこと好きやってん」と訳の分からないことを言ってくる。別に二人とも、だからと言って私と付き合ってほしいと言っているわけではない。いったい何故このタイミングでそういうことを言うのか分からず、何だかさっさとその場を逃げ出したかった。
なんだか女って面倒くさいな。男友達と遊んでいた方がいいや。
そんなわけで中学時代の恋はプラトニックのまま終わった。
私の性的な体験は高校時代から始まる。
U美から久しぶりに電話がかかってきた時、私は高校1年生になっていた。
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