会社に入ってしばらくすると3週間におよぶ新人研修が始まった。研修センターに寝泊まりして社会人としてのマナーや業務に必要な知識を習得するというプログラムだった。
研修は学校の授業のようにクラス分けをして行われた。同期の仲間と交流できるのは楽しかった。同期といっても高卒から大卒、中途採用と幅広い年代がいた。しかし研修そのものは目新しいこともなく特にスパルタで厳しいということもなく退屈だった。
週末には研修所で一緒になった仲間と近くの居酒屋やスナックで飲むのが楽しみだった。私はこの研修で、それまで吸っていなかった煙草を覚えた。お酒も自発的に飲むようになったのはこの時がきっかけだ。それともうひとつ、運命的な出会いがあった。
よく飲みに行く仲間が自然に出来て、その輪の中にT枝がいた。目が大きくて色が白くすらりと背が高くて黒いロングヘアーをしていた。美人だった。気がつけばお互いに目が合う、ということがよくあってだんだん気になるようになった。研修期間の3週間は最初は無限にも感じたのになんだかあっという間に終わった。
研修の最終日はみんなそれぞれ電車で帰った。
その頃私が住んでいた最寄り駅は通天閣が近くにある大阪の南に位置するターミナル駅で、共に研修を過ごした同期のみんなの多くがその駅までは一緒で、そこからそれぞれ別々の路線へ乗り換えて家に帰っていった。
みんなが帰ってもT枝と私はなんだか別れがたくて、ちょっとご飯でも食べよう、ということになった。大きな荷物をお互いに持ったまま、軽食屋に入った。ビールと簡単な食事をした。どんな風にして部屋に誘ったのかはもう覚えていない。今から20年以上も前の話だ。ナンパなんて無縁な私だったから、きっと不器用に不格好に誘いの文句を口にしたのだろうと思う。「よくあの時ついてきたもんだなあ」とその後、二人で笑い話になったことを思い出す。
当時の私が住んでいたのは鉄筋とは名ばかりの風呂なしの狭いアパートだった。赤く錆びた鉄の階段をキイキイ軋ませながら3階まで上がるとすぐ目の前が私の部屋だった。
T枝は綺麗だった。私よりも6つ年上で大人の女性だった。女性の服を脱がせることもおぼつかない私に彼女は優しかった。ゆっくりと見つめながらとろけるようなキスをしてくれた。
それからセックスをした。
ゆっくり時間が流れていた。
何もかもが特別だった。
この人が好きだ。
そう思いながら抱き合っているとなんだか泣きそうになった。
今まで何人かとこんな風に抱き合ったり性的な行為をしたことはある。でも今思えば、相手のことが好きだという感情よりも性的な興味の方が大きかったような気がする。
T枝とは全然違った。セックスをしたいとかいうエロい気持ちよりも一緒に過ごせる時間が嬉しかった。もっと近くに感じたいからつい強く抱きしめてしまう。
裸になって抱き合い最高の時間を過ごした。
でも私は彼女とのセックスで射精することはできなかった。
やっぱり俺はダメなんだ。彼女にも嫌われたかもしれないな。
そんな気持ちで落ち込んでいる私を彼女は何も言わず包み込むように抱きしめてくれた。
11月。隙間だらけの安アパートは寒かった。電気ストーブひとつしか暖房器具がない6畳間で二人は裸のまま毛布にくるまってただ抱き合っていた。